クライマーの手のケガ 〜虫様筋損傷〜|まえだ整形外科・手のクリニック|東京都杉並区にある手外科・整形外科

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クライマーの手のケガ 〜虫様筋損傷〜|まえだ整形外科・手のクリニック|東京都杉並区にある手外科・整形外科

クライマーの手のケガ 〜虫様筋損傷〜

クライマーによく発生する手のケガに「虫様筋損傷」があります。虫様筋は手の中にある小さな筋肉ですが、クライミング以外でこの筋肉を痛めることは非常にまれです。

虫様筋損傷のメカニズム

1~2本の指をポケット等にかけている状況で発生しやすいです。

虫様筋は第1関節を曲げる深指屈筋の腱にくっついており、特に薬指・小指の虫様筋は2本の腱にまたがっています(実際の筋肉のサイズはもっと小さいです)。

四頭馬車現象

また、深指屈筋は人差指~小指まで4本の指を曲げる作用がありますが、筋肉はひとつしかないので、特定の指の第1関節を曲げようとすると、他の指も曲がってしまいます(人差し指は比較的独立しています)。

そのためイラストのように、薬指だけでホールドしている状態でさらに力を込めると、薬指の虫様筋は腱の作用により反対方向に引っ張られ、股裂きのようになり損傷してしまうことがあるのです。

症状

損傷した虫様筋の部分に痛みが出ます(薬指・小指が多い)。虫様筋は小さな筋肉なので、腫れは目立たない事が多いです。

診断

ケガをした状況と痛みの部位から、診断は比較的容易です。
損傷程度が強い場合、エコーで虫様筋の腫れを認めることもあります。

治療

損傷程度に関わらず手術は不要で、まずは安静が重要です。 
痛みが引いてきたら、徐々にストレッチを開始していきます。隣の指とのテーピングも有効です。

クライミング復帰は8週間以降が無難かと思います。

虫様筋損傷の予防に筋トレは効果があるか?

ケガを予防するには筋トレが有効というのが一般的な認識ですが、これは虫様筋にもあてはまるのかを考えてみます。

虫様筋の特徴

筋肉の断面積が非常に小さい

文献3より引用

筋力は筋肉の断面積に比例しますが、虫様筋は断面積がとても小さく(上肢の筋肉で最小)、手全体のパワーへの寄与は非常に少ないのです(数%)。

虫様筋が働くと、MP関節(第3関節)は曲がり、DIP・PIP関節(第1・第2関節)は伸びますが、この動きはすぐそばにある「骨間筋」という筋肉も担当しています。
骨間筋の断面積は虫様筋の10~15倍なので、こちらが主な力源となります。(ネット等で見る「クライマー向けの虫様筋筋トレ」は、骨間筋を鍛えていると考えて良いと思います)

虫様筋損傷のメカニズムの項で説明した深指屈筋に至っては、その断面積は虫様筋の25倍です。虫様筋をどれだけ鍛えても勝てません。

普通の筋肉とは異なる特殊な構造

筋肉は通常骨と骨を連結しますが、虫様筋は腱と腱を連結しています。

また、筋肉の長さ変化を検知する「筋紡錘」の数が非常に多い(上腕二頭筋の10倍の密度)ことがわかっています。

そのため、指の位置を検知し、まわりの筋肉へ情報を伝える役割を持つと考えられており、損傷すると動きの正確性や安定性が損なわれる可能性があるのです。

これらを踏まえると虫様筋の役割は、

パワーの発揮ではなく、手のセンサー・バランサー

といえます。

そのため、筋トレによる損傷予防効果はあまり期待できません。それよりも虫様筋をいためてしまう状況を知り、それを避けることが重要ではないかと考えます。


虫様筋はとても小さく非力ですが、手の機能を発揮するために非常に重要な筋肉と言えます。痛めてしまったら十分休ませてあげてください。
損傷の程度によって治療が異なる場合がありますので、お近くの手外科専門医を受診されることをオススメいたします。

(文責・イラスト:院長)

参考文献

  1. A biomechanical and evolutionary perspective on the function of the lumbrical muscle.
    Wang K, McGlinn EP, Chung KC.
    J Hand Surg Am. 2014 Jan;39(1):149-55. 

  2. Lumbrical muscle tear: clinical presentation, imaging findings and outcome.
    Lutter C, Schweizer A, Schöffl V, Römer F, Bayer T.
    J Hand Surg Eur Vol. 2018 Sep;43(7):767-775.

  3. Anatomy of the intrinsic hand muscles revisited: part II. Lumbricals.
    Eladoumikdachi F, Valkov PL, Thomas J, Netscher DT.
    Plast Reconstr Surg. 2002 Oct;110(5):1225-31. 

  4. The Lumbricals Are Not the Workhorse of Digital Extension and Do Not Relax Their Own Antagonist.
    Crowley JS, Meunier M, Lieber RL, Abrams RA.
    J Hand Surg Am. 2021 Mar;46(3):232-235.

前田 利雄

記事監修

院長 前田 利雄
(まえだ としお)

  • 昭和大学医学部卒 医学博士
  • 日本手外科学会認定 手外科専門医・指導医